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 皆さんは陶枕(とうちん)という物をご存じでしょうか?

 私が中国の広州に行った時、この陶枕の博物館がありました。

 延々と陶枕が並べてあるのを、こんなの使って頭が痛くならないのかなあ?などと思ったものでした。

 陶枕は中国の宋代、唐代を中心に使用された陶器製の枕で、魔よけや副葬品としての用途もあったようです。

 陶器製の枕は確かに頭は冷たそうですが、柔らかい枕に慣れた我々にはこんな枕で寝ろといわれてもちょっと難しいような気がしますね。

 9月1日といえば防災の日ですが、まくらの中にも防災まくらというのがあるのはご存じでしょうか?

 京都西川が製造しているのですが、まくらの中に掛布団、敷布団、まくらの3点セットが収められており、いざというときに使用できるということです。

 しかし、地震の時にまくらを持って逃げるかどうかは、非常にあやしいなあなどと思っております。

 消費者の皆さんも同じような感想を持っているのか、この商品が掲載以降売れた記憶はありません。(^^)

 http://www.rakuten.co.jp/futon/684725/684726/#680083

 抱き枕自体は以前からあった商品ですが、あまりメジャーな商品ではありませんでした。

 この抱き枕の形を変えて市場に投入して大ヒットさせたのもロフテーです。

 ロフテーがサーヴィカルピローを売り始めた同時期に、この抱き枕も発売し、多くのメディアに取り上げられました。

 発売当時はカバー付きで8,000円くらいの価格だったと記憶しておりますが、非常によく売れました。

  しかし、一年もたたないうちに安価な類似品が出回り、単価の安い商品がメインになってきました。

 この抱き枕という商品には当初、季節性があるとは思いませんでしたが、市場が成熟して来るに従って夏場に売れる商品として定着してきました。

 やはり夏場に暑くて布団は着たくないが、布団を着ないで寝ると落ち着かないといった人が購入するのでしょう。

 以前、タイのバンコックで量販店の寝具売場を見ると、抱き枕の品揃えが非常に豊富だったのが忘れられません。

 ロフテーがサービカルピローシリーズを発売した後に西川産業が対抗策として市場に投入したのが、ネックサポートシステムです。

 このネックサポートシステムは名前の通りまくらが頭をのせる道具ではなく、首を支える道具なのだということを強調している意味では、これらのシリーズの集大成とも言える。

 近年の西川産業を見ると他社での成功例を自社に取り入れて、自社なりに消化して市場に投入することが多くなっておりますが、これもその顕著な例であると言えます。

 肩楽寝というまくらが西川産業から発売されて人気を博しているが、元々このまくらは現在の仕様のまくらではありませんでした。

 元々はウレタンで特殊な成型したまくらでした。

 名前の通り、本来のまくら部分と肩をサポートする部分のウレタンがくっついた形になり、まくらから続いて肩の下までウレタンがサポートする構造になっておりました。

 欠点としては特殊な形状なので専用まくらカバーしか合わないということなのですが、発想としては良いものがありましたので当社でも取り扱いしました。

 しかし、全国的にはまだ健康枕ブームというほどではありませんでしたし、価格も確か15,000円程度と当時としては高かったため、1年で廃盤になってしまいました。

 私自身は非常に惜しいなあと思った商品でしたので、現在こうして別の商品ですが、同じ名前でヒット商品として甦ったことを嬉しく思っております。

 平成6年頃には、サーヴィカルピローのようなシステムとして販売される枕がブレークする一方で、新たな素材を使用してブレークする枕も出てきた。

 その頃、ブレークした代表的な枕が備長炭枕である。

 私の記憶では、この備長炭枕は協同組合ラテストという会社から梅の枕と一緒に発売され当社でも取り扱いをしました。

 しかし、この会社は素材の開発が主な業務だったようで枕自体の完成度合いは高くなく売れ行きは今ひとつだったような気がします。

 結局、このラテストが作った枕をヒントに愛媛県の株式会社安眠ピロー作った頸椎型の備長炭枕が大ブレークし、全国の量販店を中心に一世を風靡しました。

 この備長炭枕のブレークがきっかけとなり、それまで檜素材を使用することぐらいがせいぜいだった比較的低価格の枕でもトルマリンや銅イオン、カプサイシン等の新たな素材を使用した多種多様な枕が生み出されるようになりました。

 テンピュールはファゲダーラ社によって開発された新素材で、元々は1960年代からアメリカで推進されたスペースシャトル計画からの副産物として開発されたものです。

 現在では低反発ウレタン自体は珍しいものではなくなったが開発当時は画期的な商品でした。

 枕等が販売開始されたのは、平成3~5年くらいのことで日本での販売開始は多少遅かったかもしれません。

 私がテンピュール枕の販売を本格的に始めたのが、平成12年(2000年)頃で、この当時は株式会社ウェルネットが総代理店として日本での販売権を持っておりましたが、大手量販店で安売りされたり、これを中止させようとした株式会社ウェルネット側が公正取引委員会に訴えられたりと、混迷を深めておりました。

 そこで、テンピュールの開発・販売元であるファゲダーラ社はテンピュールジャパンを設立し、株式会社ウェルネットとの総代理店契約を平成13年頃に打ち切りました。

 その後も株式会社ウェルネットとテンピュールジャパンの間でしばらくはもめ事が残り、ウェルネット側がテンピュールには水銀が含まれているといったファックスを取引企業に流し、自社では新たな低反発素材枕の販売を開始しようとしましたが、あまり上手くはいかなかったようです。

 総代理店契約の解除時にウェルネット側には大量の在庫がありましたが、この在庫の多くは日本最大の枕メーカーであるモリシタ株式会社が買い取り販売を続けました。

 これらの在庫の主だったものは、低反発ブームにのり短期間にはけましたが、介護用の製品や枕以外の多様な商品の処分に、モリシタ株式会社も悩まされます。

 テンピュールジャパン自体は、平行輸入商品が日本市場に大量に流れ込むことに苦労しながらも日本独自の素材を投入したり、長期保証をつけたりすることにより差別化を図り、日本におけるブランディングを成功させるに至りました。

 前回に書いた滝水石枕は大ヒットしたものの、やはり夏の快適枕の域をでることはありませんでした。

 当時の大阪西川、西川産業も健康枕はあれこれ出してはおりましたが、どれも単発的で大ヒットするには至りませんでした。

 そんな時に枕業界に革命をもたらしたのが、ロフテー株式会社です。

 それまでの枕業界でも、枕が単に頭を乗せる道具ではなく、首を支える重要な役割を担っているということは徐々に言われ始めておりましたが、どこのメーカーも1つの枕で誰にでも合う枕という考えから脱却することができませんでした。

 ロフテー株式会社も枕の中を独立した詰め物のパーツを入れて、部分毎に堅さや高さを変えるという特許商品を販売しておりましたが、最初は詰め物にヘチマを使ってみたりと見当はずれのことをやっておりました。

 しかし、平成6年頃サーヴィカルピローが発売されることにより、枕業界に激震が走ります。

 要は1つの枕ではなく3種類の高さと、3種類の堅さの枕から自分にあった枕を選ぶという考えで、従来の枕業界にはなかった考えで、これが大ヒットして平成7年、新宿小田急百貨店に「枕工房」の第一号店ができたのを皮切りに全国の百貨店に「枕工房」が設置されるようになりました。

 これが本当の意味での健康枕ブームの端緒となったともいえ、ロフテー株式会社の枕業界への貢献は大きかったと言えるでしょう。

私の記憶の中では、健康枕というくくりで最初にヒットしたのは、ロマンス小杉の滝水石枕です。

この滝水石枕は従来のウレタンフォーム枕の上部に熊野川の天然御浜石を入れた枕で、頭冷感があると共に頭部に程良い指圧効果があるということで、大ヒット商品になりました。

この滝水石枕が発売されて今年で20周年という事なので、発売されたのは平成元年です。

今では当たり前になった健康枕ブームも、始まりはそんなに昔のことではなかったということですね。

 

 これまで使った枕の数は数多くありましたが、思い出に残っているものを書いていこうと思います。

 私の中で昭和の時代は枕といえば「そば」「パンヤ」「ポリエステル」「パイプ」くらいのものでした。

 夏用としてはい草や籐の枕もありましたが、これらはどちらかというと昼寝とかに使う感じで本格的な枕としてはサイズも小さく実用的ではありませんでした。

 健康枕として比較的早い時期に認知されたのはムアツ枕でした。

 私の父はこのムアツ枕のファンでこの枕を販売するためだけに西川産業と取引をしていたほどです。

 しかし、惜しいことに、(私の想像ですが)このムアツ枕はムアツ布団の陰に隠れて主役の座に躍り出ることができずに良い商品の割に脚光を浴びることが少なかったようです。

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